平家落人伝説の里 小野豆

更新日:2024年01月05日

桜が咲いている小野豆集落の画像

人里離れた静かな里山に、八百年を超える昔から語りつがれる平家落人伝説!!

上郡町東部の標高300m程のところに小野豆という集落があります。この小野豆は、戸数10戸足らずののどかな集落で、源平合戦にちなんだ数々の伝説をとどめる平家ゆかりの村です。集落の高台には、平清盛の実の弟、経盛の墓と伝えられ、平家塚と呼ばれる五輪塔が建っています。

小野豆の集落は、寿永4年(1185年)、壇ノ浦で源氏との戦いに敗れた経盛たちが、播磨の国の西端、相生の入り江に上陸し、人目を避けて山深いこの地に隠れ住んだといわれています。その小野豆へ源氏の追手が現れ、川に茄子の蔕が流れているのを発見し、草や木を掻き分けて探している最中、鶏の鳴き声が聞こえ、経盛はジャンジャン穴と呼ばれる洞窟に潜んでいるところを見つけられてしまい、助かる見込みがないと判断し、自害したと伝えられています。経盛の死後、家来たちは小野豆で一番見晴らしのよい場所に主を弔いました。その後、そこに建てられた寺は経盛の法名の真勝院から真勝寺と名づけられ、山号は三位卿の三位をとって三位山としました。また、小野豆の集落では、この由緒から昭和6年まで鶏を飼ったり、茄子を作ることはしていませんでした。

現在、陣羽織の一部、朱塗りのお椀、矢じりが、当時の遺品として伝承されています。また、平成5年に整備された「平家塚ふれあい公園」からは、麓の集落を始め、経盛が上陸したとされる相生湾や家島、小豆島など瀬戸内海が遠くに望め、近畿自然歩道のコースになっています。

ジャンジャン穴とは

ジャンジャン穴とは、中に向かって声をかければ、中から「ジャンジャン」と反響することから付けられました。
平成5年に、地元高田地区連合自治会が主体となり、平家塚やその周辺整備に合わせさてジャンジャン穴が復元されました。

アクセス

  • 電車の場合は、JR上郡駅からタクシーで約10キロメート

  • 車の場合は、たつの方面から県道姫路上郡線椿峠を下ったところから約5キロメートル

(注釈)県道沿いに目印となる看板が立っています。位置図は、関連リンクの「平家塚ふれあい公園」をご覧ください。

紙芝居「小野豆の平家塚」

平家落人伝説の紙芝居を映像化しています。

次のリンクよりご覧ください。

平家合唱団

平家落人伝説にちなんだ合唱曲です。

次のリンクよりお聞きください。

関連リンク